100年企業創り通信
2020.10.30 Fri
民法の配偶者居住権は譲渡できないことになっているのに、税法は民法の規定を無視して、譲渡可能資産として扱い、譲渡所得課税規定を強引に作っている、という印象がないわけでは、ありません。そんなもつれた糸をほぐしてみたいと思います。
配偶者居住権については、民法に「譲渡することができない」と規定されていますが、これは譲渡を禁ずるという趣旨の規定ではありません。
この権利は、一身専属性であるが故に「譲渡」の瞬間に消滅してしまい、「譲渡」された側に配偶者居住権の主張の余地が存在しなくなる、という事実確認をしているに過ぎない規定なのです。すなわち、消えてしまう権利なので譲渡は原理的に不可能なことなのです。
従って、権利の承継が出来るという意味での「譲渡」には該当しないので、配偶者居住権は譲渡性資産とは言えません。
ただし、譲渡は出来ないけれども、配偶者居住権を任意に消滅させることは可能と解されています。
そして、権利の任意消滅に対して対価がない場合は消滅利益を享受する者に対して贈与税課税を行うと通達は明言しています。
配偶者居住権の消滅はその財産価値が単純にゼロになるだけでなく、その権利の目的となっている建物とその敷地の所有者側の財産価値を増加させる結果をもたらします。
そのため、任意の権利消滅に伴う財産価値増加利益には、贈与税課税や所得税課税が想定されておりました。
配偶者居住権の有償での権利消滅に係るその有償対価が所得に該当することは明らかで、一時所得に該当する余地もあったところですが、今年の税制改正で、所得税法と措置法に、譲渡所得課税の規定が置かれました。
財務省のホームページに掲載されている今年の「税制改正の解説」では、配偶者居住権を対価を得て消滅させることは資産の譲渡と同じ効果を生むから、と譲渡課税をすることとなった考え方を示しています。
相続税に於ける小規模宅地特例は、「土地又は土地の上に存する権利」について適用されるとしているので、配偶者居住権に基づく敷地利用権が「土地の上に存する権利」に該当しなかったら、小規模居住用宅地特例の対象にはなりません。
昨年は、租税特別措置法では配偶者居住権について特別な改正をしていません。それにも拘わらず、配偶者居住権に基づく敷地利用権は小規模居住用宅地に当然に該当すると考えられたらしく、その計算規定が政令に、新規挿入されています。
法改正なしでの政令規定新設の理由が財務省「税制改正の解説」で確認できます。すなわち、配偶者居住権は、借家権類似の建物についての権利であるが、配偶者居住権に付随するその目的となっている建物の敷地を利用する権利(敷地利用権)については、当然に「土地の上に存する権利」に該当すると理解されるから、ということのようでした。
ところが、同じ、財務省「税制改正の解説」の今年度版(9月11日公開)には、対価を伴う配偶者居住権の消滅には譲渡と同じ効果がある、所得としては総合課税の譲渡所得と考えられる、配偶者敷地利用権は「土地の上に存する権利」には該当しない、と書かれています。
配偶者敷地利用権は、土地に関係する権利ではあるが、鉱業権・温泉利用権・借家権の仲間であり、「土地の上に存する権利」と言われる借地権の仲間ではない、ということです。
昨年と今年で明らかに相違しており、この相違に問題が無い、との解説は今のところ出ていません。
昨年の「税制改正の解説」での配偶者敷地利用権は相続税の改正の項目に関するものでした。今年の「税制改正の解説」での配偶者敷地利用権は所得税の改正の項目に関するものでした。
相続税では、配偶者敷地利用権は土地の上に存する権利に該当するとされ、所得税では扱いが異なり、土地の上に存する権利には該当しない、とされたことについて、誰しもが疑問としているところなので、解明が待たれるところです。
家族が亡くなった時、死亡した人に生計を維持されていた遺族は遺族年金を請求できます。例として厚年年金保険加入中の夫(43歳)が死亡、妻43歳、子10歳が残された場合で見てみます。
夫が被保険者期間中の死亡の場合、遺族厚生年金が支給され、さらに子のある配偶者として遺族基礎年金も支給されます。
この両方を受けられる遺族は、被保険者が死亡した当時、死亡していた人に生計を維持されている必要があります。
① 生計同一要件
ア、住民票上同一世帯に属していること
イ、住民票世帯は異にしているが住所が住民票上同一である
ウ、住所が住民票上異なっているが、現に起居を共にし、かつ消費生活上の家計を一つにしていると認められるとき。
のいずれかに該当していること
② 遺族の収入要件は
ア、前年の収入が年額850万円未満
イ、前年所得が年額655万5000円未満
ウ、一時的な所得がある場合は、一時的な所得を除いた後、前年の収入が年額850万円未満又は前年の所得が年額655万5000円未満である。
エ、アからウの要件を満たさないが、定年退職などの事情により概ね5年以内に収入が850万円又は所得が655万5000円未満になることのいずれかに該当していれば収入要件は満たしています。
共働きで被扶養者でなかったとしても遺族厚生年金は受給できます。遺族基礎年金は死亡した人の子と生計を一にしている場合受給できます。
今回のケースでは両方が受給できます。
妻の遺族基礎年金は子がいることが前提ですが、子が18歳になった年度末の3月31日に達したときに消滅します。遺族基礎年金が消滅しても65歳になるまで中高年寡婦加算(年額58万6300円)が支給されます。遺族厚生年金は妻が再婚しない限り一生涯支給されます。ただし65歳になると妻の老齢厚生年金と老齢基礎年金が支給され厚生年金部分は調整されます。
配偶者居住権に係る敷地利用権は、分離課税の「土地の上に存する権利」には該当しない、というのが新しく出された措置法通達の中身です。
土地に関係する権利ではあるが、借家権の場合と同じなので、その譲渡対価は当然に総合課税の譲渡所得になるとしています。
最近公表の「令和2年度税制改正の解説」にも、配偶者居住権の消滅による所得は総合課税の譲渡所得と考えられるから「土地の上に存する権利」には該当しない、と書かれています。
租税特別措置法に関わる規定の適用は一般に「分離課税」と言われ、所得税法とは異なる課税関係となる仕組みがそこに構築されています。
今年の税制改正で、租税特別措置法の収用関連規定に、配偶者居住権と敷地利用権の消滅を譲渡とみなして5000万円控除の規定を適用するとされました。
もし、配偶者居住権等消滅に係るみなし譲渡所得が分離課税の長期・短期譲渡所得に該当せず、所得税本法の総合譲渡所得に該当するのだとしたら、5000万円控除は可能なのか、とふと疑問が湧きます。
それで措置法条文を確かめてみると、収用の5000万円控除は、分離課税の長期・短期の譲渡所得のみならず、所得税法の山林所得及び総合譲渡所得からも出来ることが確認されます。
さらに、同時に改正された収用代替資産取得、収用交換、収用換地の規定についても確かめてみると、ここでは、分離課税の長期・短期の譲渡所得のみならず、所得税法上の事業所得、山林所得、譲渡所得、雑所得の各所得について、収用特例規定の適用を認めていることが確認されます。
そうすると、冒頭の、措置法通達と「令和2年度税制改正の解説」が言う通りに、配偶者敷地利用権が「土地の上に存する権利」非該当の総合課税譲渡所得資産であったとしても、収用の5000万円控除の適用は可能なので、今年の措置法収用の改正との法律間の不都合への疑問は解消されることになります。
民法の配偶者居住権制度の今年4月1日からの施行開始に向けて、税制改正としては、すでに昨年早々に相続税法での評価規定新設と措令での小規模宅地特例の適用可化があり、今年は収用の場合の5000万円控除等の配慮規定への適用可化が用意されました。
しかし、配偶者居住権等に係る所得が譲渡所得課税の対象なら、配偶者居住権等は当然にも居住用の財産なのだから、居住用の3000万円控除、居住用の軽減税率、居住用の買換え特例などの適用についての手当を、収用の場合の配慮と同じく、することも必要だったはずです。
一人暮らしが困難とか、親族の介護疲れが限界に来ているとか、で自宅を清算して老人ホームに入る入居資金を得るという選択が多くのケースで避けて通れない、ということは予想されることです。
譲渡所得課税への配慮がないと、老後の転居が困難になる場合がありそうです。
そういう配慮がないと、わざわざ配偶者居住権を民法で用意し、相続課税時点で土地の上に存する権利との認識を前提に小規模宅地の適用を当然視したこと、すなわち、相続配偶者への生活保全措置との整合性が取れません。
配偶者居住権等に係る譲渡所得は総合課税の対象だとするのが、課税当局の見解です。そうだとすると、居住用財産譲渡に係る特例の適用対象は分離課税の長期・短期の譲渡所得に対象が限定ですから、適用への途は塞がれたことになります。
それだけでなく、配偶者居住権等が特別な配慮のない総合課税譲渡資産だとすると、モロに総合課税累進税率の対象になってしまうことにもなりかねません。ひいては、配偶者居住権を遺贈等することへの抑止政策税制になってしまいます。
居住用特例適用への途を開く法改正が今年の4月1日以後に向けて何故に用意されていなかったのか、不思議です。
民法の制度は始まったばかりなので、税制の制度不都合への遭遇者が現れないうちに、今までの経過におけるそれぞれの立法趣旨と同じ立法趣旨で不整合部分の除去をして欲しいところです。